スピリチュアルとは

コラム

こんにちは、やすよです^^
今回はスピリチュアルについてのお話です。

「スピリチュアル」という言葉は、使う人や状況によって含まれる意味やニュアンスに違いがあったり、言葉自体のイメージが違ったりするため、中々普通の会話の中で使うには使いにくい言葉ですよね^^;
一般的には「精神世界」など「目に見えない世界の総称」として使われることが多い言葉ですが、今回はそれをもう少し嚙み砕いてみようと思います。

まず最初に簡単にまとめると、スピリチュアルとは以下の通りです。

  • 自分の本質として生きること
  • 物理的因果関係が定かではない事柄や現象の総称
  • 現実を変えるための手段ではない

・・・(=_=)?

順番に解説していきます。

スピリチュアルとは自分の本質として生きること


本来のスピリチュアルの意味は「自分の本質として生きること」を指します。
本質とは建前やエゴの自分ではなく、本来誰もが持っている美しい個性の部分です。

身近な感覚で分かりやすいのは、安心しているときやリラックスしているときに発揮されるような特性です。
この感覚を「ハイヤーセルフと同じ状態」と言ったりします。
要は、自分の中の神性をいかに発揮して生きるかがスピリチュアルであるということですね^^

山川紘矢さんという方が著作の中で言っていた「スピリチュアルとは自分の本質がスピリットであることを知ることだと思います。」という言葉が印象的でした^^

まぁスピリチュアルとは本来そのような意味合いの言葉です。

現代社会(日本)においては「物理的因果関係が定かではない事柄や現象の総称」


「スピリチュアル」とは元々は精神世界や自己探求などを表す言葉ですが、近年の日本では「目に見えない世界全般のこと」、特に「物理的因果関係が定かではない事柄や現象の総称」として「スピリチュアル」という言葉が使われます。

この分類でいくと「宗教」や「心霊現象」や「開運法」や「引き寄せ」などもスピリチュアルですね^^;

また、人それぞれスピリチュアルとして定義しているものが違うのでいよいよ意味不明な言葉になっています。
大きく分けても「高次元の世界をスピリチュアルとする人」「心霊現象をスピリチュアルとする人」「病気や健康問題・お金や成功哲学をスピリチュアルとする人」など様々ですね^^

このように使う人や文脈によって違った意味や理解を持つ場合があるので、そのあたりが「スピリチュアル」という言葉をよく理解できないものにしている原因の一つだと思います。

本来のスピリチュアルとはお花畑的なフワフワしたものではなく、自分の内面と正面から向き合うだけの強さや厳しさも含めたものを指します。
その過程での副次的な産物として「物理的な因果関係では説明のつかない現象や事柄」というものが現れたりしますが、この“本来のスピリチュアル”の部分と“副産物”の部分が逆になっているのが、現代社会で主流になっている“スピリチュアル”ですね^^;
実際に現代社会に出回っているスピリチュアル系のメソッドなども、間違ってはいないのですが、そのあたりの説明が足りていないものが多いようです。

ですので、「スピリチュアル好き」というと「地に足のついていないイメージ」や「頭のネジが緩そうなかんじ」という印象を持つ人も少なからずいるのが現状です。
スピリチュアル好きな人はそのあたりのことも頭に置きつつ、アウトプットしていったほうがいいかもしれませんね^^;
もちろん私自身にも言っています^^;

まとめると、「自分の心や精神というものにフォーカスせずに、メソッドや不思議現象ばかりに目が向くのは、ただの頭と精神が弱い人」に見えるかもということですね(笑)

スピリチュアルとは現実を変えるための手段ではない


そもそもスピリチュアルというのは現実を変えるための手段ではありませんし、スピリチュアルをしても目の前の現実は変わりません(笑)
ただ、目の前の現実を見る「自分」が変わることによって“現実”の捉え方が変わります。
その結果、本人にとっては「目の前の現実(の意味)が180度変わる」ということが起きます。
これがスピリチュアルです。

ですが、現実を変えることだけを目的にスピリチュアルをしようとすると、「スピリチュアルをしているのに何も変わらない」ということを言いたくなります。
残念ながらそれはそもそもの前提が違うからです(笑)
あくまで個人の趣味の範囲内であればそれでもいいと思いますが(笑)

しかし、ここをよく分別できないままスピリチュアルをしようとし、例えば「引き寄せ法」などで形だけスピリチュアルチックことを真似ても、願いが叶わないばかりか意図していたこととは真逆の方向へ行ってしまったりすることがあるので注意が必要です。
スピリチュアルとは基本的には自分の内側を探求していくためのメソッドで、「内面が変わることで“現実”に対する視点や捉え方が変わり、その結果“現実(に見えるもの)”が変わる」というのが一連の流れです。
ですが現代社会ではこの部分の説明があまりなく、「スピリチュアル=成功法則や現実を変えるためのツール」のような表現をしている事柄(商品)が多いような気がします。
嘘ではないけど本当でもないですよね(笑)
騙されないためにも私たち消費者側の正しい知識が必要です。

現実を変える目的でスピリチュアルをしようとするとよくない方向に行きます。
自分が変わろうともせずに周りを変えようとするのは虫がいい話なのは誰の目からみても明らかですよね(笑)
これは神様の目から見ても一緒です。

あとスピリチュアルではしばしば(高次の存在や神様への全託やサレンダーといったような)“手放し”を推奨するものがありますが、それも見極めが必要です。
本来自分の意志で判断するようなことまで“お任せ”などをしてしまうとまともな存在からは見捨てられますから気を付けてくださいね(笑)
良識ある普通の人の目から見ておかしなことはやっぱり神様の目から見てもおかしいことが多いみたいです^^;

ここで必要なのは「アイデンティティの崩壊」ではなく「ゲシュタルトの崩壊」ですね(笑)
ゲシュタルトの崩壊とは、元々自分の中で認識していた(現実)世界の全体像を崩し、構成要素ごとに分解するというようなニュアンスの言葉です。

そして崩壊したあとはスピリチュアル(目に見えない世界の真理)な視点を持って自分の中の世界を再構築いていくことが必要だというのが基本的な考え方だと思います。
壊れたままの世界では生きていきにくいですからね^^;

この世界では同じものを見ているように見えても、皆それぞれが自分のフィルターを通して目の前の世界を認識しています。

で、そのフィルターのメンテナンス作業がゲシュタルトの崩壊と再構築であり、そのフィルターが大きく変わったときに目の前に見えている世界が大きく変わったように見えます。
そしてそのプロセスを一部の人たちが「スピリチュアルで人生変わりました」と表現するのだと思います^^

ちなみにこの世界で生きている人たちのほとんどは目の前の“現実”を“ありのまま”には見ていませんから大丈夫です(?)
もちろん私も(笑)

スピリチュアルのまとめ


現代社会のスピリチュアル批判みたいになってしまいましたが(笑)、もちろんこういうのはスピリチュアルのごく一部です。
目に見えない世界から私たちがいる現実世界に対して働きかけがあることも事実ですし、すべての物事が自分の内側世界だけで完結することではないことも事実です(笑)
要は考え方のバランスの問題ということですね^^;
現代では人が発信するものを止めることはできません。
ですので、消費者側の知識や見極めが大切ですねというお話でした^^;

結論・・・
	
  • スピリチュアルとは「自分の本質で生きていくこと」
  • その自分の本質に気づくための手段として様々な「スピリチュアルメソッド」が存在する。
  • 巷ではこの「スピリチュアルメソッド」のことを「スピリチュアル」と言うらしい。