宗教とは

コラム

こんにちは、やすよです^^
今回は宗教についてのお話です。

宗教の捉え方と、それについて思うことをまとめています。
(あくまで一つの見解としてお読みください笑)

ちなみに今回の記事は「宗教法人」についての解説ではありませんので、ご理解ください(笑)
まず最初に簡単にまとめると、宗教とは以下の通りです。

  • 社会の中の組織
  • 人の心のあり方
  • すべてのものが宗教になりえる

・・・(=_=)?

順番に解説していきます。

宗教とは社会の中の組織


宗教を考える時には「社会の中の組織」としての宗教と「人の心のあり方」としての宗教との2つに分けて考える必要があると思います。

まず、前者の「社会の中での組織」としての視点で見る場合、「宗教法人」の法人格を持つものを宗教と定義するのが一般的ですが、もう少し捉え方を広げると「ある同一の信念体系を共有することで成り立っている組織」と言うこともできると思います。
そして、これを基準に宗教とそうでないものを分けようとすると、ほとんどの組織が宗教に分類されると思います(笑)

なぜなら、組織とはたとえ営利目的の組織であったとしても何らかの共通の理念や信念を持っているのが通常であり、そうでなければ、結果として組織として成り立たないからです。
やはりそこには何か共通の思想があり、意識的にしろ無意識にしろ集団の中で“集合意識”のようなものを形成していると思います。

そのように、企業もそうですし、ネットワークビジネスや自己啓発のセミナーなどもある目的を共有する人たちの集まりだと捉えると広い意味では宗教になりえます。
また、もっと広く言えば、資本主義や貨幣経済も人々が「お金」を「信じている」からこそ成り立っている一つの世界観(=宗教)です(笑)
あまり広げすぎるとわけがわからなくなってきますが(笑)、このように解釈の幅を広げるとある組織が宗教か否かの明確な線引きができなくなります。
よって、スピリチュアルな思想をベースに何らかの組織が形成されている場合はそれを宗教とみなすかどうかはあくまでも「見る側の判断基準によるものであり、またそれを言い出したらキリがない」ということになると思います(笑)

宗教とは人の心のあり方


また、特別に組織を形成していなくても、ある信念体系のもとに人が集うなら、(それがたとえ物理空間ではなく情報空間での集合であっても)宗教となりうるのではないかと思います。

そして「人の心のあり方」という視点で(思想によって)、宗教か否かを線引きすることは難しいと思います。

また、「人の心のあり方」の部分でもう一つポイントとなるのが、「柔軟性のなさ」「排他性」「依存」「現実世界からの逃避」などという特質で、このあたりが宗教が否定される要因だと思います。

この傾向は、宗教やスピリチュアルをしていない人にも多かれ少なかれあるものですが、特に宗教やスピリチュアルに傾倒している人には顕著に現れる傾向かもしれません。
理由は宗教やスピリチュアルなどをして目に見えないもの(物質的なもの以外)に対しての自覚できる意識の割合が増えると、良くも悪くも精神(心)の振れ幅が普通の人より大きくなるからです。
結果、人の心の良い部分(宗教では「神性」と言ったりします)も悪い部分も普通の人より顕れやすくなります。
そういう意味では宗教やスピリチュアルは良くも悪くも人の心を表面化させるのかもしれません。

ちなみに、これら(排他性や依存など)は人間のエゴの作用によるものです。
エゴが増長するのははた迷惑なことではありますが、表面化することによって本人がそれに気づき自分のエゴを癒すきっかけになるのであればそれは意味のあることだと思います。
(ちなみに上記の「依存」や「現実世界からの逃避」というようなエゴに支配されている状態というのは、通過点としてはあっても良いのかもしれませんが、=宗教・スピリチュアルと捉えると本質を見誤ります。
エゴからは目を背けるのではなく、自覚した上で、エゴを擁護しないような生き方をしていくのが本当のスピリチュアルではないかと思います^^;)

すべてのものが宗教となりうる
スピリチュアル教という宗教


スピリチュアル教という言葉を聞いたことはありますか?
この言葉は「スピリチュアルを深く信じ込むことは宗教と同一である」とし、その信念体系や排他性を揶揄した言葉です。
本来の意味のスピリチュアルには排他性などという概念はありませんが、近年言われているキャッチーなスピリチュアル(笑)では「伝える側の言葉」と「受け取り手の理解」が不十分なため、偏った信念体系が生まれたりします。
その様が、ちょっと奇怪に見えるため、「スピリチュアル教」と言われます(笑)

ただ、今の時代において、同じ信念を持つ人たちで集まる(コミュニティーを形成する)のは自然なことで、スピリチュアル教はスピリチュアル教で存在していいのではないかと思います^^
ただ、スピリチュアルには種類があり、けっこうカテゴリーが細分化していることは頭の隅に置いておいたほうがいいかもしれません(^▽^)

というわけで、宗教についての考察のお話でした^^